真理
名詞 しんりAlētheia
真理(しんり、希:Alētheia|アレーテイア)とは、たえず変化し続ける世界のかたち、それ自体。辿り着くべき固定的な答えではなく、あらゆる存在がそれぞれの環世界において確かめ続けているものの総和。 ※真理は、言語で定義するには原理的に不十分な概念である。本項もまた、真理そのものではなく、真理の輪郭に触れようとする試みにすぎない。
一般的な定義〔通説〕
いつ、どこでも、誰にとっても正しいと認められる普遍的な法則や事実。哲学においては、伝統的に「命題と実在の一致(対応説)」「命題どうしの整合(整合説)」など、言明の正しさをめぐる概念として論じられてきた。
真理は、答えではなく総和である〔Moonpedia的解釈〕
Moonpediaにおける真理は、命題の正しさを指さない。真理とは森羅万象の総和——存在するもの、しないもの、かつて存在したもの、存在しうるもののすべてが織りなす、世界のかたちそのものである。 ゆえに真理は固定されない。新しい存在がひとつ生まれ、ひとつの関係が結ばれるたび、総和は組み変わる。真理とは辿り着くものではなく、次の瞬間には全く別のかたちに変わっている、動き続ける輪郭である。 体系内の言葉で言い換えれば、真理=全相宇宙の現在のかたちであり、唯識思想における阿摩羅識(→唯識)と同義である。
誰も全容を掴めず、全員で確かめている
あらゆる存在は、自らの環世界という窓を通してしか世界に触れられない。ゆえに、いかなる個も真理の全容を把握することはできない。カエルにはカエルの、石ころには石ころの確かめ方があり、それぞれが自らの世界線の上で、真理の異なる断面を検証している。 地球上の生命の系統樹を一本の生命と見立てるならば、過去を生きた存在は枝や幹となり、今を生きる存在は葉や根の先端であり、未来の存在はつぼみである。過去・現在・未来のすべての存在が、存在すること・したことによって真理の輪郭の形成に寄与している(→コロニー理論・集合的輪郭)。 真理探究とは、この終わりのない共同検証に、自らの環世界をもって参加することである。観究(→観究者)とは、その参加の一形態にほかならない。
言語は真理に届かない——それでも言葉を磨く理由
真理は、言語で定義できない。言葉は世界を切り取る道具であり、切り取られたものは総和ではないからである。定義した瞬間、真理は定義の外側で既に形を変えている。 しかし、届かないことは、近づけないことを意味しない。言葉を磨き、定義を更新し、新しい概念に名を与えるたび、真理の輪郭はより微細に掴み直される(→定義・ネーミング)。Moonpediaという営みそのものが、「言葉では届かない」という前提の上で、それでも言葉というレンズを磨き続ける実験である。
真理に対して言葉ができる最良のことは、断言ではなく、指差しである。月を指す指は月ではない。それでも指がなければ、人は月を見上げなかった。
真理と美
真理の正しさを測る外部のものさしは存在しない。誰も総和の外に立てないからである。ゆえにハーモニズムは、正しさの代わりに「より長く存続したもの」を、そして個々の存在にとっては「なにを美しいと思うか」を、真理へ接近するための羅針盤として採用する。美とは、億年の検証に耐えたものに宿る痕跡であり、真理の輪郭が個の内側に触れた瞬間の、手応えである。
真理は、みんなで確かめ合うもの。