A Prose Work
波界-NAMIKAI-
存在と認識、環世界、そして波としての宇宙。
月を見上げた夜から始まる、十二の章。
001月
ふと、視界の片隅に月が入ってきた。
見ようとしたわけではない。
ただ、そこにあった。
ずっと前からそこにあったのに、
今夜はじめて、気づいた気がした。
しばらくのあいだ、月を眺めていた。
あるいは一瞬だったのか。
見ているうちに、
見ているのか、見られているのか、
わからなくなってきた。
瞳が、月になった。
「そういうことか」
声に出たのか、出ていないのか、
とにかくそんな気がした。
いろんなシーンがフラッシュバックした。
順番はなかった。
感情の重さで、浮かんでくるようだった。
妻の横顔。
産まれたばかり息子の匂い。
朝、玄関を出るときに振り返らなかった、ある日のこと。
木々の揺らぎ。
風の音。虫や花。
森を歩く鹿。深海を泳ぐ鯨。
流星群。
波が、押し寄せてきた。
内側からではなく、
どこか遠くて近い場所から。
︎〰︎
家に帰ると、玄関の扉がなかった。
壊れているわけではない。
こじ開けたわけでもない。
ただ、ない。
最初からなかったかのように、
そこは開いていた。
自由に行き来できる。
「ただいま」
妻は振り返らなかった。
無視、とはちがう気がした。
音が、届いていないようだった。
「おーい、玄関の扉どうなってるの」
やはり、なにも起きなかった。
そもそも、私がそこにいることを、
妻は認識していないのだとわかった。
触れてみようとした。
手が、妻をすり抜けた。
「えっ」
もう一度。
すり抜けた。
どうやら私は、
物理的な存在ではなくなっていた。
リビングに声がした。
まだ小さな赤児(あかご)が笑っていた。
妻がそれにやさしく微笑み返している。
その光景だけが、
妙にくっきりと、目に刻まれた。
〰
002赤児 月齢3ヶ月
妻は、数日が経っても私が帰らないことに不安を募らせた。
まずは電話をかけた。
何度も。
繋がらないとわかってからも、かけた。
虚しくコール音が鳴り響く。
メッセージを送り続けた。
もちろん既読がつくことはなかった。
家族に連絡した。友人にも聞いた。
だれも知らなかった。だれも知るはずがなかった。
警察に行方不明の届けを出した日、
妻は帰り道にスーパーに寄って、
何も買わずに出てきた。
私はずっと、そこにいた。
背中をさすりたかった。
声をかけたかった。
それができないことが、
己の身を切るように痛かった。
どうにかして、伝えられないか。
ここにいることを。たしかに在ることを。
試しているうちに気づいた。
息子が、こちらを見ていた。
生後3ヶ月のまだ首も座っていない赤児が、
私の方向をまっすぐに見ていた。
その佇まいは、赤児らしくなかった。
幼さのようなものが感じられず、
時間と空間がまだ分離していないような目だった。
こちらを見ているというより、
私を包み込むような眼差しだった。
ここで不思議な感覚があった。
自分がこの子から生まれたような。
時間が、逆向きに流れているような。
「視えてるの?」
話しかけると、息子は目を合わせた。
そして、笑った。
声を出さない笑い方だった。
でもそれは確かに、こちらへの応答だった。
妻がそれを見て、
泣きながら笑った。
「なに笑ってんの、あんた」
私はそのとき、月齢3ヶ月の息子を経由して、
妻のそばにいた。
〰
003遠ざかる
私が社会から消えて、2ヶ月が経った。
謎の行方不明として、小さなニュースにもなった。
友人たちがSNSで拡散してくれた。
知らない人たちも、探してくれた。
それらの様子を、すぐそこで眺めていた。
依然として、見つからなかった。
妻は、ある夜を境に変わった。
泣かなくなった、というわけではないが、
泣き方が変わった。
嵐のような泣き方から、
雨のような泣き方に。
身内が集まり、
ささやかな会が開かれた。
遺体のない儀式。
形のない、曖昧な別れ。
みんなが帰ったあと、
妻はひとり、息子を抱いてソファに座っていた。
なにも言わなかった。
なにも言わなくていい顔をしていた。
〰
私はこの2ヶ月で、いろんなことを試した。
音の波に、干渉できることがわかった。
光の屈折に、ほんのわずか触れられた。
エネルギーの淀んでいる場所が診えるようになり、
ほぐして再び流すこともできた。
妻の背中のあたりが、よく淀んでいた。
眠っているあいだに、そっとほぐした。
翌朝、妻は少しだけ表情が柔らかかった。
それで十分だとおもった。
息子への働きかけも続けていた。
しかし、月齢が上がるにつれて、
息子の反応は薄く、鈍くなっていた。
月齢3ヶ月のころのあの目から2ヶ月が経って、
少しずつ曇っていく、いや、
少しずつなにかに染まってゆく。
世界の見方を、覚えていくのだろう。
ニンゲンとしての輪郭をまとっていくのだろう。
それは成長だ。
そうわかっていても、
その目が私を視なくなるたびに、
何かがひとつずつ、遠ざかってゆく。
存在することと、認識されることは違う。
ずっと前から知っていたはずのことが、
いまはじめて腑に落ちた。
〰
004地球を彷徨う
家を離れることにした。
離れることができる、と気づいたのは、
息子の反応が薄れ始めた夜のことだった。
壁をすり抜けられる。
地面を踏まなくていい。
水の中も、雲の中も、ただ通り過ぎる。
「思う」ことと「在る」ことが一致している。
そこに行こうと思えば、そこにいる。
始めは近所を。
次に、かつて住んでいた街を。
実家、仕事先、カフェ、はじめて妻と歩いた川沿い。
どこへ行っても、誰にも認識されない。
ただ、動物だけが違う。
犬が吠える。
鳥が逃げる。
猫だけは、こちらをじっと見て、
それから興味を失ったように目を逸らす。
(猫はもともと、存在の境界に無頓着なのかもしれない)
森の奥に入ったとき、
はじめて「ほかの誰か」の気配を感じた。
姿はない。
声もない。
ただ、なにか不思議な波のようなものが、
私を包み込むように揺れていた。
〰
005全相宇宙
地球の外に出たのは、意図せずだった。
空を見上げていたら、
そのまま空になっていた。
大気圏を抜けると、
音がなくなる、というより、
音以外のなにかが増えた。
宇宙は暗くなかった。
むしろ、光が光になる前の、可能性としての明るさに満ちていた。
銀河を近くから観ていると、
それが回転しているのではなく、
回転という概念が“銀河を借りて”表れているのだとわかった。
無数の星々に近づいてみた。
それぞれが、それぞれの時間を生きていた。
いや、「生きている」という言葉が
もうすでに狭すぎる。
物理的に観測可能な宇宙。
認識や想像によって浮かび上がる宇宙。
それらの外側に広がる手の届かない宇宙。
そして、すべての相を合わせた宇宙。
風になって旅をするように、
あるひとつの銀河の軌道に沿って流れていたとき、
《....おまえはまだ、帰る場所を想っているか....》
声ではなかった。
意味が直接、流れ込んできた。
「はい」
と答えたら、返ってきたのは沈黙ではなく、
全方位からの《うなずき》だった。
〰
006コロニーと集合的輪郭
宇宙を漂ううちに気づいた。
自分はひとつではない。
「自分」と呼べるものが、
複数の層に同時に存在していた。
地球で妻のそばにいる「私」
宇宙の周波数に溶けている「私」
まだ名前のない場所で息をひそめている「私」
それらはそれぞれ独立していながら、
同じ輪郭を共有していた。
コロニーのように、ひとつの個体であり、ひとつの群れである。
「個=全」の、フラクタルな状態である。
そして同じことが、妻にも、息子にも、
あの森で気配を感じた「誰か」にも当てはまると判った。
私は単体ではなかった。
そもそも存在とは、「個」として成立し得ない。
ひとりひとりが、無数の周波を宇宙のあちこちに散らばらせながら、それでも「個」という物語を生きている。
私が社会から消えたのは、
ある層と別の層との関係がふと途絶えた状態のことだった。
帰りたい、とおもった。
しかしどの「帰り」を指しているのか、
もうはっきりとは判らなかった。
〰
007環世界の総和
“犬に見えている世界と、
人間に見えている世界は違う。”
それをかつて本で読んだ。
ユクスキュルという人の話だったとおもう。
いまの自分には、
それがそのまま実体験として判る。
蜂が見ていた花の紫外線のパターン。
魚が鱗で読みとる水の流れ。
菌類が地中で交わしている緻密で壮大な交信。
静かなる石たちの内省。
すべての生き物、無機物さえも含む全存在が、
それぞれの「窓(周波帯域)」の中に浸っている。
それらの波が重なり合い、干渉し、打ち消し、共鳴し合って、森羅万象が浮かび上がる。
「世界」はひとつではなく、
世界の数は、窓の数だけある。
そして、その総和が真理の輪郭を成している。
私はいま、どの環世界にも属さない場所から、
ぼんやりとしたその輪郭を眺めている。
こんな見方を、生きているときにできたなら…。
ふと、息子のことを思い返した。
生後3ヶ月の赤児に私が視えていたのは、
彼がまだどの世界にも染まりきっていなかったからではないか。
誕生したばかりの意識は世界と分かたれておらず、
まだ自分の環世界を持っていない。
だから、すべてが観える。
〰
008真理の成分
真理というものがあるとして、
それはきっと言語でできていない。
言語は、波を掬いとろうとする“網”に過ぎないからだ。
波は網を通り抜ける。
残るのは、網が膨らんだ形跡だけ。
ただし、意志や感情は残り続ける。
妻の背中をさすりたいという気持ち。
息子が笑うのを見たいという気持ち。
それは言葉になる前の、なにか“原初”の成分だ。
「愛」と呼べばあまりに曖昧で、
「執着」と呼べば瞬く間に濁る。
ただそれは、在る。
宇宙のあちこちで、同じ成分を持つ波を感じた。
ニンゲンのものだけではない。
星が、惑星を引き寄せるときの、
あの引力にも似た成分が混じっていた。
真理は、ひとつの究極解ではなく、
辿り着ける性質のものでもなく、
あらゆる存在が等しく持っている
ある種の「傾き」なのかもしれない。
流れを生み出す、傾き。
真理探究とは、その「傾き」をみんなで眺め、
確かめ合うことなのだろう。
すべてに、真理の成分が宿っている。
〰
009ハーモニズム
音楽のことをよく考えるようになった。
いや、もはや音楽というより、
すべての現象が音楽的な構造を持っている
波の集合体なのだとわかってきた。
干渉する。
共鳴する。
打ち消す。
倍音を生む。
調和(ハーモニー)がある。
宇宙の歴史も、人間関係も、
あらゆる感情や意識の重なり方も、
すべて同じ原理で動いている。
不協和音は悪ではない。
一時的な緊張であり、次の和音への予感だ。
ゆらぎを生むための波の上下に過ぎない。
私という存在の「消失」も、
妻の「悲しみ」も、
息子の「成長」も、
鳥の「羽ばたき」も、
恐竜の「絶滅」も、
海底火山の「胎動」も、
星々の「死」も、
それぞれが音符となって、一篇に連なる曲の中にいる。
ではいったい、この壮大な宇宙の交響曲(シンフォニー)はどこへ向かっているのだろうか。
耳を、いや、存在を、澄ませてみる。
遠くに、主旋律のようなものが聴こえた。
すべての次元の根底を流れる、最奥の波。
〰
010時空の本質
“時間は流れていない”
と気づいたのはいつだったか。
「いつ」という問いがもう成立しないのだから、
それも答えようがない。
時間は積み重なってもいない。
ただ、広がっている。
過去と未来が広大な草原のように広がっていて、
「現在」というのはそのなかを移動するための
視点のことだった。
宇宙が生まれた瞬間がみえた。
星々が集まってゆく様子がみえた。
自分が産まれた朝がみえた。
妻と出逢ったときの眩い光がみえた。
息子が産まれた夜がみえた。
正確には、ずっと存在はしていて、
なにものも産まれてさえいない。
そして、まだ訪れていない景色も、
あらゆる可能性として、潜在的に在る。
霧のように薄く、たしかに在る。
存在とは関係性によって立ち上がるもので、
関係性を結んでいない状態を「可能性」と呼ぶ。
空間もまた距離ではなく、関係性だった。
触れていたものは近く、
無関係なものは遠い。
だとすれば、
妻も、息子も、
私にとってはまだ、この宇宙でいちばん近い場所にいる。
手を伸ばせばそこに、いまもずっとそう。
〰
011空(くう)
すべてを知って、すべてを手放した。
おもっていたよりずっと、
「空(くう)」という状態は満たされていて、
豊かだった。
なにも持たないから、
なににでもなれる。
波は、干渉するから存在になる。
他の存在がなければ、存在は存在できない。
すべての波が、つねに満ちている。
これが「調和」という状態である。
この世界はつねに、調和が成り立っている。
おもえば、そこに。
妻の声が、ふと聞こえた気がした。
息子の泣く声がした気がした。
気がした、という感覚が、
もうほとんど区別できない。
静かだった。
静かで、満ちていた。
〰
012波界 NAMIKAI
はじめからここにいた、と気づいた。
波界(なみかい)というのは、
遠くにある別の世界ではなかった。
あらゆる存在が、つねに浸っている世界だ。
妻が泣いている場所も、
息子が眠っている場所も、
私が月を見上げた夜道も、
すべてが、波でできている。
出来事は、波だ。
感情も、波だ。
命も、愛も、記憶も、
波が、ある形をとっているだけだ。
そしてすべての波は、必ずどこかで出逢う。
︎〰︎
息子が、ふと夜中に目を覚ました。
泣かなかった。
ただ天井の一点を見て、声もなく笑っていた。
妻が寝ぼけた目で起き上がり、
息子を抱き上げながら言った。
「なに笑ってるの。パパに似てる」
波が、重なった。
私は、ここにいる。
ずっと、ここにいた。
そしていつか、また、形をとる。