環世界

名詞 重要ワード かんせかいUmwelt

環世界(かんせかい、独:Umwelt)とは、ある生物が、自らの知覚と行為の能力に応じて構築している固有の世界。客観的な環境そのものではなく、その生物にとって「意味を持つ要素」だけで編まれた、閉じた輪。

一般的な定義〔通説〕

生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュル(1864–1944)が提唱した概念。すべての動物は、共通の客観的環境(Umgebung)の中を生きているのではなく、それぞれの感覚器と運動器に応じた、種ごとに異なる主観的世界(Umwelt)を生きているとする。 その核心は、環世界が知覚世界(Merkwelt)と作用世界(Wirkwelt)の環によって閉じている点にある。生物は環境から特定の信号だけを受け取り(知覚)、特定の行為で応答する(作用)。この受容と行動が一つの輪をなして完結している。 ユクスキュルが挙げたダニの例では、ダニの世界は主に三つの信号——酪酸の匂い、体温、皮膚の感触——だけで成り立っている。色も、音も、他の匂いも、ダニの世界には存在しない。それはダニにとって「無い」のではなく、「意味を持たないために立ち上がらない」。

■ 環世界とは、種が引いた輪郭である〔Moonpedia的解釈〕

環世界とは、種のスケールで引かれた輪郭である。個体が関係によって対象の輪郭を掴むように、種はその知覚・作用の構造によって、世界そのものの輪郭を掴んでいる。 同じ庭に立っても、ミツバチは紫外線の模様を、コウモリは反響する音の風景を、人は色と形を世界として受け取る。どれが正しい庭でもない。庭という客観は、誰にも直接には与えられていない。各存在は、自らの環世界という窓を通してのみ、庭に触れる。 この「窓」を開閉するフィルタリング機構が、ヒトにおいてはRAS(網様体賦活系、Reticular Activating System)である。脳幹に位置する神経ネットワークで、「重要度が高い」と判断された信号だけを大脳皮質へ通し、それ以外を遮断する門番の役割を果たす。無限の信号が交差するなかで、RASは特定の周波数帯域にのみ窓を開く。これにより私たちは情報の洪水に呑まれることなく、生存に必要な信号だけを選び取り、それを「現実」として再構成している。

もしRASの機能がなければ、脳は一瞬で焼き切れてしまうだろう。かくして、赤子は泣く。

 

RASによって「重要ではない」と切り捨てられた領域には、スコトーマ(心理的盲点)が生じる。ある関心にチューニングが固定されると、それ以外の信号は物理的には存在していても、認識の上では「存在しないもの」として処理される。

子が生まれた途端に街のベビーカーが目に入るのは、ベビーカーが増えたのではなく、スコトーマが晴れて環世界の窓が開いたからである。

環世界は不可知宇宙を生む

環世界は、各存在を固有の世界に閉じ込める。ゆえに、ある存在が別の存在の環世界を「経験する」ことは原理的にできない。人はカエルの環世界を想像することはできても、カエルとして世界を生きることはできない。無機物の環世界に至っては、想像することすら難しい。 種族と時空を越えたこの無数の環世界の集合こそが、不可知宇宙(→全相宇宙)である。環世界という閉じた輪があるからこそ、原理的に接触できない領域が生まれる。不可知宇宙とは、外部にある未知の場所ではなく、「他者の環世界には入れない」という認識構造そのものの帰結である。 一方で、これら無数の環世界が同時並行的に世界を確かめ合い、その総和として真理の輪郭が形成される(→ハーモニズムコロニー理論)。個々の環世界は狭く閉じているが、閉じた窓の数だけ、世界は多面的に掴まれている。

環世界を広げる

言葉を与えること、視座を上げること、他の存在の波に耳を澄ますこと——これらはすべて、自らの環世界の窓をわずかに広げる試みである。環世界は生得的な檻であると同時に、拡張しうる地平でもある。俯俯瞰瞰とは、自らの環世界の外に立とうとする、越境的な運動を指す。

窓の大きさが、その存在にとっての世界の大きさである。