諧玄文学 / Nonsensophy

第3話

『月の裏側に勤める母』

読了目安:80秒

母は毎朝、月の裏側へ出勤していた。仕事は影の仕分けで、地球から届いた無数の影を、持ち主の孤独の深さに応じて棚に並べるのだという。母の話では、猫の影は人間より重く、郵便ポストの影にはしばしば差出人がいるらしい。ある晩、母は職場から一枚の影を持ち帰った。それは誰のものでもない影で、畳の上に置くと、静かに呼吸を始めた。父は気味悪がって押し入れに閉じ込めたが、翌朝には押し入れの方が影の中に入っていた。仕方なく家族全員で影を囲んで朝食をとることになった。影は味噌汁を飲まず、代わりに母の若い頃の記憶を少しずつすすった。母はそれ以来、父と出会った日のことを思い出せなくなったが、なぜか父の方が若返っていった。やがて父は十七歳になり、ある朝、制服を着て学校へ出かけた。母は玄関で手を振りながら、「帰りにお父さんを買ってきて」と頼んだ。その夜、父は小さな鉢植えを抱えて帰ってきた。鉢の中には、まだ芽吹いていない日曜日が埋まっていた。

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