諧玄文学 / Nonsensophy 投稿作品
『常連客』
この店では、常連客が来なくなった日数だけ、その客の椅子が一センチずつ高くなる。三日ぶりなら三センチ、一か月ぶりなら三十センチである。客が座れば元の高さに戻るため、店主は特に気にしていなかった。ただし、長く来ない客の椅子は天井につかえるので、年に二度ほど屋外へ運び出す必要があった。ある晩、半年ぶりに男がやって来た。男の椅子はすでに店の裏庭で、二階の窓ほどの高さになっていた。店主は脚立を持ってきたが、男は「今日は立って飲む」と言った。立ち飲みでは椅子が戻らない。仕方なく店主は椅子の上に酒を置き、男には下から眺めてもらった。男は「いつもの」と注文したが、店主は何がいつものだったか思い出せなかった。男も思い出せなかったので、二人でしばらく考えた末、冷ややっこを出した。翌日から男は毎晩通うようになった。しかし椅子は一向に低くならなかった。調べてみると、椅子は客が座ったときだけ元に戻るのであって、来店しただけでは駄目なのだった。男は毎晩、脚立を見上げながら酒を飲んだ。ひと月後、男はようやく椅子に登り、腰を下ろした。椅子は一瞬で元の高さに戻り、男は冷ややっこの皿に顔を突っ込んだ。店主は新しい豆腐を出した。それ以来、男は毎晩来るが、椅子には座らない。最近、椅子はまた少しずつ高くなっている。男はそれを見て、店に来る楽しみが増えたと言っている。