諧玄文学 / Nonsensophy 投稿作品

『さよならの投擲』

読了目安:110秒

その町の小学校では、さよならは投げるものである。帰りの会が終わると、児童は校庭に二列で向かい合い、口の中で丸めた言葉を相手へ放る。受け手が胸の前で両手で捕れば別れは成立し、落とせば無効となって、翌日もう一度会わなければならない。おかげで同校の欠席率は県内で最も低い。体育の授業では投擲の基本も教わる。「さ」で踏み込み、「よ」で腰をひねり、「なら」で指を離す。「じゃあね」は軽すぎて風に流されやすく、「ごきげんよう」は重くまっすぐ飛ぶが、捕る側の手のひらが赤くなる。雨の日は言葉が水を吸って足もとに落ちるため、学校は傘の貸し出しより先に、翌日の全員出席を連絡網で回す。六年二組の佐伯は、六年間ずっと同じ友人のさよならを落とし続けた。わざとではないと本人は言うが、捕球の構えだけは誰よりも美しい。卒業式で担任が全員に向けて一度に投げた最後のさよならも、佐伯の前でだけ弾んで転がった。規則により彼は翌日も登校し、春休みで誰もいない教室で一日を過ごした。夕方、見かねた用務員が下手投げで「おつかれさん」を放ると、佐伯はそれを片手で捕り、そのまま帰った。なお、県の最長記録は昭和四十九年に投げられたさよならで、いまだ着地していない。受け手の女性は晴れた日に空を見上げるが、捕るべきか避けるべきか、まだ決めていない。

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