諧玄文学 / Nonsensophy
第14話『世界を旅する骨』
私には、他の人にはない骨がひとつある。小さな魚の形をした骨で、親知らずくらいのサイズだ。この骨の最大の特徴は、体内を少しずつ移動するということ。だから私はこの骨を『回遊骨』と呼んでいる。最初に見つかったのは胸骨の裏側だったが、半年後には右足のくるぶしにいた。医師によれば健康上の問題はなく、むしろ便利な骨だという。回遊骨が滞在している部位は、疲労を感じなくなるのだ。足にいる間は何時間歩いても疲れず、腕に移れば重い荷物を持ち続けられる。ただし移動先は私の意思で選べない。私は毎月レントゲンを撮り、回遊骨の位置を記録している。学術的にも貴重なデータなので、その費用は国の大学が負担してくれている。移動経路に規則性はなく、よく使う部位に現れることもあれば、まったく使わないような部位に居座ることもある。そもそも、なぜ私にだけこの骨がいるのかもわかっていない。たまたま今まで見つからなかっただけで、実は他の人や動物にもいるのかもしれない。(ちなみに私は回遊骨について「ある」ではなく「いる」というほうがしっくりきている)私は以前、仕事の忙しさで鬱っぽく胸が苦しくなることがあった。その頃にこの骨が生まれたのだとすれば、身体が勝手に新しい防衛機能を獲得したとも考えられる。医師は、そんなに都合よく骨が生えるものではないと言ったが、実際にいるのだから仕方がない。回遊というからにはいつか元の場所に戻るのかもしれないし、私の体内で生成されたのではなく、どこか他の場所から「やってきた」のかもしれない。回遊骨との共生がもうすこしで一年になる、ある年の冬、回遊骨が舌の付け根に移動した。その日から私はどれだけ話しても疲れなくなった。妻は大変迷惑していたが、私はせっかくの機能を無駄にするのも惜しく、毎晩その日の出来事を詳しく報告した。ところが先月の検査で、回遊骨が突然消えていた。医師は写真を何度も見比べたが、異常はないと言った。その週、妻が別の用件でレントゲンを撮ると、左耳の奥に小さな魚が写っていた。