形而上学

名詞 けいじじょうがくMetaphysics

形而上学(けいじじょうがく、英:Metaphysics)とは、目に見える物理的な現象を超え、その奥で働いているもの——世界の本質や「存在とは何か」という根本的な原理を探求する哲学の一分野。感覚で捉えられるモノ(形而下)を扱う自然科学に対し、心や魂、因果関係など抽象的な概念や真理を論じる。

一般的な定義〔通説〕

存在とはなにか、なぜ何もないのではなく何かがあるのか、時間・因果・同一性についてなど、経験科学が扱う個々の事物のさらに手前を問う、哲学の中核部門。 名の由来は、二重の偶然である。紀元前一世紀、アリストテレスの遺稿を整理した編者が、表題のない一群の書を『自然学(Physika)』の後ろに置き、『ta meta ta physika(自然学のあとの書)』と呼んだ。書棚の位置を示すだけだった meta が、やがて「自然を超えるもの」と読み替えられ、学問の名として二千年定着した。 日本語の「形而上」は、明治期に易経の一句「形而上なるものをこれ道と謂い、形而下なるものをこれ器と謂う」から採られた訳語である。形あるものの上には道が、下には器がある。西洋哲学の中核概念が、東洋の古典の語彙で名づけられた。

主なテーマ

形而上学では、以下のような人が一度は抱く根源的な疑問を扱う。

  • 存在論 「ある」とはどういうことか。世界はどのような要素で成り立っているのか。
  • 時間と空間 時間とはなにか、空間や距離の本質とはなにか。
  • 心と意識 身体と心(意識)の関係性、記憶、クオリア、自由意志が存在するかどうか。
  • 神と魂 絶対的な存在(≒神)や死後の世界について。

形とは、輪郭である。形而下とは、輪郭を持って現れているもの。形而上とは、輪郭がそこから立ち上がってくる、関係性の側である。

例えば、「おちょこ」は形而下にある。しかし、「おちょこ」を浮かび上がらせている無数の二辺(縁起)は、形をもたない。二辺を離れて中観が観ようとするものと、形而上学が問おうとするものは本質的には同義で、東西の別ルートから掘られた、同じ山へのトンネルである。

東洋はそれを「空」と呼び、西洋は「存在」と呼んだ。